鉱山町の事件が解決された。
報奨金で懐が温まった俺は、ほくほくしながら冒険者ギルドに立ち寄っていた。 また町から町を移動して、配達依頼をこなしてく予定だ。冒険者ギルドの掲示板をチェックしたら、手頃な配達依頼を発見した。
「お。港町への配達依頼が出てる」
かつて拠点にしていた港町カーティスだが、しばらく戻っていない。
久しぶりに顔を出すのもいいだろう。 そう考えた俺は配達のアイテムを受け取って、クマ吾郎といっしょに町を出発した。そうして二日ほど歩いたときのことである。
『警告! 警告! 請負中の依頼は、あと一日で期限を迎えます』
「え?」
荷物袋からそんな音声が流れた。
何事かと確かめてみると、声の発生源は冒険者ギルドの依頼票である。 いやしかし、あと一日ってどういうことだ。 鉱山町で引き受けた配達依頼は、十分に期限に余裕があるのに。「あっ」
そこで俺は気付いた。
警告を発した依頼票は、王都パルティアで引き受けたものだということに。 内容はボサボサ頭ことジェイクへの魔法書配達依頼。「しまった、それどころじゃなかったから、配達品を渡すのをすっかり忘れていた」
あと一日だって? もっと早く警告してくれよ。
鉱山町を出てから二日歩いてしまったが、急いで夜通し走れば一日で何とか町まで戻れるかもしれない。なんとかしよう。「あっ……」
しかし俺はもっと悪いことに気づいた。
配達品として預かったマジックアローの魔法書は、昨日勉強として読んでしまったのだ。 あれが配達品だとすっかり忘れていて、普通に手持ちの魔法書と一緒に読んでしまった。 魔法書は数回読めば魔力を失って崩れて消えてしまう。 つまり悪意はなかったとはいえ、俺は配達品をネコババしたことになる!「まじかよ。勘弁してくれよ」
俺は頭を抱えた。
クマ吾郎が心配そうに顔を舐めてくれる。開腹手術で虫を取り出したジェイクは、思ったよりも元気そうだった。 病室のベッドの上で起き上がって本を読んでいる。まさか魔法書……と思ったが、普通の本のようだった。やれやれ。「やあ、ユウさん。その節はお世話になりました。おかげさまで助かりました」 笑顔で出迎えてくれる彼に罪悪感を覚える。「ジェイク。とても言いにくいんだが、きみ宛の配達品をなくしてしまった……」 ネコババしたとはさすがに言えない。 ジェイクが顔を曇らせる。「僕としては構いませんが、冒険者ギルドの規定だと配達品の紛失はペナルティが重かったはずです」「そ、そっか」「今回はこんな事件がありましたから。事情を話せば考慮してもらえるかも」「だといいな」 確かに町中を巻き込んだ大事件の余波である。情状酌量の余地はあると思いたい。 しかし俺の希望的観測は打ち砕かれた。 冒険者ギルドの受付のおばさんは、冷たく言い放ったのだ。「どんな事情があっても配達依頼の失敗は失敗です。しかも期限切れだけでなく配達品の紛失。カルマ、マイナス20ですね」「カルマ」 カルマというと、依頼を成功させるごとに少しずつ上っていった謎のステータスだ。 お金目当てで依頼を引き受けてきちんと達成していたので、いつの間にか上限の30まで上がっていた。 そこから一気にマイナス20。きついといえばきついが、そもそもカルマって何だ?「カルマは一体どういうステータスなんですか?」「あなたの身に宿る因果応報を数値で表したものですよ」 よく分からん。「もう少し詳しく」 俺が言うと、おばさんはため息をついた。「要するに王国においての善人、もしくは悪人の度合いです。依頼を成功させて人の役に立てばプラス。失敗して迷惑をかければマイナス。他にも盗みや殺人、脱税などの犯罪行為を行えば大きくマイナス」「ははあ…&helli
久々に港町カーティスへ行った俺は、ちょっとした里帰り気分を味わっていた。 前によく散歩に付き合ったザリオじいさんに挨拶して、旅の話を聞かせたり。 極貧時代に皿洗いのバイトで通った酒場に、今度は客として行ってみたり。 故郷に錦を飾るってほどじゃあないが、少しは余裕が出た姿を皆に見せられて誇らしい。 冒険者ギルドに行くと、受付のおっさんが声をかけてくれた。「よう、ユウ。お前もいっぱしになったじゃねえか。レベルも10を超えたし、そろそろ新しい依頼も解禁だな」「新しい依頼なんてあったのか?」 俺が聞けば、おっさんはうなずいた。「おうよ。駆け出しのひよっこには任せられない仕事な。例えば護衛依頼なんかがそうだ」 見せてくれた依頼票には「南東の農村まで親戚を護衛してほしい」との内容が書いてあった。「これは別に狙われるような人間じゃないが、冒険者でもない奴が一人で旅をするのはキツイからな」「なるほど、道中は弱い魔物や野生動物が出るもんな」「そうそう。で、他にもちょいとヤバい話もある。デカい金額を移送する銀行員みたいに狙われやすい話や、裏社会に敵のいる奴が襲撃から守ってほしいと頼んでくる話もある」 裏社会は本当にヤバいな。あまり関わりたくない。 ただ、護衛依頼は配達依頼よりも一回り以上依頼料が高かった。成功させればなかなかにオイシイ。 行先に配達依頼も出ていたら、ダブルでオイシイ。「よし、やってみるよ」 俺は護衛依頼を受けることにした。 先ほど見せてもらった南東の農村への依頼票を受け取る。 冒険者ギルドを出て依頼主の家を訪ねた。「依頼を受けてくれてありがとう。この人の護衛をお願いね」「チーッス」 家から出てきたのは、だいぶチャラい感じの兄ちゃんである。「オレ、農村なんて田舎行きたくないケドー、おふくろが働けってウルサイんでー、農業目指すみたいな?」 おっと、いい年こいて無職の人か。 まあ俺には関係ない。きちんと護衛
「ガウ……」 シャーマンを始末したクマ吾郎が困った顔をしている。 俺もどうしていいか分からない。 火が周囲に延焼せずに消えたのだけが救いか……? と。『護衛対象の死亡を確認しました。護衛依頼は失敗です。ペナルティ』 依頼票が声を発した。 ペナルティの声と同時に、軽いめまいがした。 この感覚は前にも経験がある。カルマが大きく減ったときだ。 ステータスを開いてみたら、カルマが-25まで減っていた。マイナスの概念があったのか。「どうしよう……」 とりあえずこいつを埋葬してやって、農村に向かうしかないだろう。 彼が死んでしまったと到着先に伝えないといけない。 ついでに、農村まで届けものをする配達依頼もある。 俺は穴を掘って黒焦げ死体を埋めた。 土を盛って棒を刺し、軽く手を合わせておく。 こんなことなら、問答無用でクマ吾郎の背中にくくりつけてやればよかった。 後悔してももう遅いとは、このことだった。 目的地の農村に足を踏み入れると、いつもと雰囲気が違うのに気づいた。 普段は村人たちはみんなフレンドリーで、挨拶をしてくれる。 この農村は何度も来ているから、村人や各店の店主、衛兵とも顔見知りだ。 それなのに。「こんにちは。ひさしぶりです」「……ッ」 俺が挨拶をすると、村人のおばさんは顔をゆがめてその場を立ち去ってしまった。 周囲を見渡しても、誰も俺と目を合わせようとしない。よそよそしいを通り越してはっきりと避けられている、もっと言えば嫌われていると感じた。「なんで?」「ハフゥ?」 俺とクマ吾郎は顔を見合わせて首をかしげる。
最近の俺は多少は強くなったので、野外でサバイバルしながら生きていくのはできると思う。 森の木の実を取ったり魔物や野生動物の肉を狩ったりで、食べ物は何とかなる。クマ吾郎という頼りになる相棒もいることだしな。 けれど一生お尋ね者で町に入れない生活なんて嫌だった。 町に入れなければベッドで寝られない。風呂も入れない。人と会話することもない。 俺は人間なんだぞ。そんなの嫌に決まってるだろ。 もう一度よく考えてみよう。どこかに突破口はないか。「そういえば、襲いかかってきたのは衛兵だけだったな。村人は嫌な顔をするだけで」 衛兵の目さえかいくぐれば、町で活動ができるか? 帽子をかぶるとか髪を染めるとか、軽く変装すれば村人もごまかせるかもしれないし。「そうだ、衛兵がいない町があったっけ」 ここから南下した先にある治安の悪い町である。 そこはならず者が我が物顔でうろうろしていて、衛兵が一人もいない。 一度配達で訪れたとき、あまりのガラの悪さにさっさと退散したのだった。「あの町に行ってみよう。行ってみるしかない」 南に向かって歩くこと約四日。 俺とクマ吾郎は、ならず者の町ディソラムに到着した。 道中で農村への配達依頼の期限が切れたおかげで、俺のカルマはさらに下がった。 今ではマイナス35である。 なお護衛対象の兄ちゃんが死んだとき、カルマは一気にマイナス25になった。 その後、彼の死体を埋葬したらカルマはマイナス20に上昇した。 どうやら依頼成功だけでなく、一般的に善行とされる行為を行ってもカルマは上がるようだ。 で、マイナス20だったカルマが配達依頼失敗でさらに下がり、マイナス35になったというわけである。 カルマは上がる時はちょっとずつなのに、下がる時はドカッと下がる。もはやどうしようもない。 カルマが大幅に下がったせいか、俺の体は全体的に負のオーラ(?)に包まれている。 身もふた
ならず者の町ディソラムで暮らし始めて、一ヶ月ほどが経過した。 季節はいつのまにかすっかり秋である。 昔、港町で極貧生活を送っていたときのように、小さい依頼を中心にこなしながら暮らしている。 ちょっとしたおつかいやら、店の手伝いのバイトやら、下水掃除やらだ。 あのときはお金のためだったが、今はカルマのため。 いつまで経っても世知辛い世の中だな。 他にも道端で転んだ老人を助けたり、迷子の道案内をしたりと善行も頑張っている。 ただしこの町はならず者が多い。 転んだ老人と思ったら盗人だったり、子供であってもかっぱらいをしたりと油断できない。 おかげで観察力が磨かれたような気がする。 手助けをするにしてもよく注意を払って、俺に被害が出ないようにするわけだ。何とも嫌な話だが、身を守るためである。 それでも地道な活動のかいがあって、カルマはマイナス14まで持ち直した。 体に走る負のオーラがだいぶ軽減されてきたので、もう少しで犯罪者ではなくなると信じたい。「お疲れさん。今日はもういいよ」「どうも」 今日もアイテム屋の倉庫整理の依頼を終えて、俺は依頼料を受け取った。 店主が言う。「ユウは真面目に働くから、いつも助かっている。だが、この町で真面目は必ずしも美徳じゃないぞ。いつもお互いがお互いをだまそうとしている町だからな」「用心はしていますよ。この前も宿屋に強盗が入って身ぐるみ剥がれそうになったけど、撃退したし」 撃退したのは主にクマ吾郎なんだが、まぁ嘘は言っていない。 俺の答えに店主はニヤリと笑った。「へえ、それなりに腕も立つんだな。じゃあ盗賊ギルドからスカウトが来るかもよ」「盗賊ギルドか……」 盗賊ギルドはこの町を取り仕切っている組織だ。いわゆる裏社会のギルドで、他の町にもネットワークがあるらしい。 この町では誰もが盗賊ギルドの存在を知っている。 でも実際に誰がメンバーで、どんな組織なのかは謎に包まれているのだ。
翌日の夜。 俺はバルトに指定された時間に酒場に来ていた。 店に入るので、クマ吾郎は宿屋で待機してもらっている。 酒場はすでに閉店していたが、入り口のドアは開いていた。 中に入ってみるとバルトが待っている。一人でテーブル席に座って何やらトランプのカードをもてあそんでいた。 俺が来たのを見て、彼はカードをいじる手を止めた。「やあ、来たねユウ。返事はどうかな」「……盗賊ギルドに入る」 俺の答えに彼はにっこりと笑った。 昨日今日とよく考えての結果だった。 裏社会に関わりを持ちたくなんかないが、鍵開けや罠感知のスキルは他では覚えられない。 いくつもの町を回ってきたが、それらのスキルは一度も見たことがないのだ。 騙されているのかも、とは思った。 けど逆に俺を騙すメリットなどあるだろうか。 俺はやっと一人前になった程度の冒険者で、お金だって大して持っていない。 森の民の出自を隠して活動する以外は、ただのありふれた人間である。 こんな奴を騙しても別にいいことないだろ。 騙した挙げ句奴隷として売り払うとか、そんなことも考えた。 でもそれなら、その辺の浮浪児でも捕まえたほうが早いじゃないか。 俺の見た目はややイケメン寄りのフツメンだ。(自分でイケメン寄りとか言ってスマン)見た目以外も特技があるわけじゃないし。 やっぱりどう考えても騙すほどのメリットがない。 強いて言うなら森の民の出身くらいか。 でもなあ、森の民は優秀な魔力を持つらしいがそれ以外で特筆するものはないはずなんだ。魔力が優秀といってもバカ高いわけじゃなく、常識の範囲内だし。 森の民は今となっては数が少ない貴重な種族。人体実験でもされるのだろうか。 だが、迫害を受ける話は聞いても人体実験とかの噂は聞いたこともない。そこまで恐れていては生きていけないっての。 いくら考えても分からなかったので、思い切って進むことにしたのだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず
「ギルドのノルマだと?」 やはり裏があったのか? 思わずバルトを睨んでしまった。 けれどバルトは軽く肩をすくめて手を振ってみせた。「あはは、そんなに警戒しないでくれ。ノルマといってもそこまで難しいものではないよ。ギルド員のランクに応じて宝石を納入してほしいんだ」 この世界の宝石はピンキリで、クズ石に近いものから貴族が買い求めるような御大層なものまでいろいろある。 そして宝石は魔法の触媒にもなる。 つまり宝飾品だけでなく需要が高い実用品でもあるのだ。 需要が高いために換金性は高い。宝石は軽いので、重たい金貨や銀貨を持ち運びするより便利だ。 金持ちの商人や高位の冒険者なんかは、財産を宝石で持っていると聞いたことがある。「ユウはダンジョンに行くだろう。最初はそこで手に入る程度のクズ石をいくつかで十分だよ」 ダンジョンのボスを倒すと宝箱を落とすが、この箱の中には高確率で宝石が入っている。 俺が通える程度の初心者向けダンジョンでは、宝箱の中味もそこまでレアじゃない。宝石はクズ石に毛が生えた程度のものが多かった。 俺は触媒が必要な魔法は使えない。今までは使い道がなかったので、売って金策していたけど……。「ノルマを破るとどうなるんだ?」「ギルドを追放処分になるよ」 バルトは笑顔のままで言った。「等級が高いギルド員が追放されれば、メンツや情報保持の問題で暗殺者が放たれることもあるが。新入りであれば、まあ、身ぐるみ剥がそうとする強盗に何度か襲われる程度じゃないかな。逃げ切れればそれはそれでいいよ。実力を示すのは大事だからね」 強盗! 暗殺者!? なにそれ怖! 俺は思わず一歩後ずさって、頑張って腹に力を入れ直した。さらに質問する。「だが俺は、この町にずっといるつもりはない。いずれ町を出たら、ノルマの宝石が納められない場合もあるだろう。それでも追放処分になるのか?」「前もって脱退手続きをしてくれれば、特に追手は出ない。ま、脱退時にいくらかの『手数料』はもら
バルトに勧誘を受けて以来、俺は盗賊ギルドを拠点に活動を続けている。 盗賊ギルドは便利な施設が揃っていた。 宿泊所に休憩所、アイテム屋と魔法屋、武具屋、スキル習得所。 一通りの店は揃っている上に、商品が豊富。 カルマの上昇という意味では使えないが、それ以外の生活は大助かりだ。 特にアイテム屋と魔法屋の品揃えがいいのが助かる。 アイテム屋ではポーションを買い込んで、ダンジョン攻略に役立てている。 魔法屋ではマジックアローの魔法書の他、戦歌の魔法書も買うようになった。 この二つの魔法はどちらも初心者用で、戦歌の魔法は腕力と器用に一時ボーナスを与えてくれる。 戦いのポーションと同じ効果だが、魔法の練習も兼ねて覚えてみた。 攻撃魔法のマジックアローと違って、自己バフタイプの戦歌であればスキマ時間でちょいちょい魔法の練習ができる。 たとえば町なかの移動中とか、寝る前のちょっとした時間を活用するわけだ。 俺は少しでも強くなりたい。時間は無駄にはできないんだ。 おかげで読書スキルや詠唱スキル、戦歌の魔法自体も扱いが上手くなったと思う。 そんなわけで盗賊ギルド加入前よりずいぶん暮らしやすくなった。 余裕が生まれた勢いで、ギルドのノルマ達成――宝石を一定数納入する――を兼ねてダンジョン通いを再開してみた。 ダンジョンは自然発生する魔法の洞窟で、ときどき塔や砦のような建物の形を取ることもある。 ダンジョンのボスを倒したり、そうでなくてもしばらく時間が経つと崩壊して消滅。 また次の新しいダンジョンが生まれてくる。 いったいどういう仕組みでダンジョンが成り立っているのかさっぱり分からないが、稼ぎ場として便利なので冒険者は皆通っている。 ダンジョン内はアイテムや武具が落ちている他、ほとんど無限に魔物が出現する。 アイテム類を拾い集めれば金になる。魔物と戦っていれば腕試しになる。 行かない方が損ってもんだ。 本当にダンジョンって何なんだろうな。
それからあちこちの店を巡って、俺は何冊かの魔法書を買った。 おなじみのマジックアローと戦歌の魔法に加えて、新しく光の盾の魔法と沈黙の魔法に挑戦してみることにしたのだ。 光の盾は防御力アップ。 沈黙は相手の魔法を封じる。 俺の読書スキルも少しは上がったからな。 新しい魔法を覚えて戦術に幅を出したい。 次は武具を見てみようと大通りを歩いていると、衛兵に呼び止められた。「冒険者のユウだな?」「えっ、あ、はい、そうですけど」 カルマ下がりまくり犯罪者時代のトラウマで、俺は衛兵が苦手になっている。 思わずテンパった返事をしてしまった。くそ、エリーゼの前だと言うのに情けない! 衛兵はそんな俺の態度に構わず、つっけんどんに言った。「お前を王城まで連行するよう、命令が出ている」「えっ。俺、なにもしてませんけど」「いいから来い」 俺は問答無用で引き立てられた。エリーゼとクマ吾郎は心配そうな顔でついてきてくれた。 以前ロープで乗り越えた王城の城壁の中に、今度はちゃんと門から入る。 衛兵は問答無用の態度だったが、俺たちに危害を加えるつもりはないようだ。 衛兵や騎士が行き交う中を歩いていく。 やがてたどり着いたのは、見覚えのある塔である。「ここは……」 俺のつぶやきは無視されて、衛兵から騎士に引き渡された。 塔の中に入って螺旋階段を登る。 見覚えのある扉を開くと、彼がいた。 騎士団長にして白騎士の称号を持つヴァリスだった。「久方ぶりだな、ユウ」 彼は穏やかな声で言う。「は、はい。久しぶりです」「急に呼び立ててすまなかった。きみに一つ、仕事を頼みたくてな」 ヴァリスが目配せすると、部屋にいた騎士たちが出て行った。 ついでにクマ吾郎とエリーゼも部屋から出される。人払いか。「きみは森の民だな」「…………」 俺は思わず黙り
いつしか季節は冬から春になっていた。 俺が難破船から放り投げられたのが、去年のやはり春。もう一年が経過してしまった。 海で死にかけていた俺を助けてくれた森の民の二人、ニアとルードはあれ以来会っていない。 少しは強くなった今、ルードにお礼参りをしてやりたいところだが、居場所が分からないんじゃ仕方がない。「ご主人様。税金の請求書が来ていますが、納税に行きますか?」 春のある日、盗賊ギルドで次の冒険の準備をしているとエリーゼが言った。「冬に納税したばかりですので、締切に余裕はあります。まとめ払いも可能です。どうしましょうか?」「うーん」 俺はちょっと考えた。 盗賊ギルドのある町から王都までは片道五日。 すぐ近くというわけでもない。正直、わざわざ行くのはちょっとめんどくさい。 だがまとめ払いで締切ギリギリまで粘ると、前のように思わぬ事態で脱税犯罪者になってしまうかもしれない。 あれは本当にひどい目にあった。 もう一度免罪符を発行してもらうわけにはいかないから、慎重に動かなければならない。二度とあんなのごめんだよ。 考えた結果、俺は答えた。「配達の依頼がてら、納税に行こうか」「分かりました。旅の準備をしますね」 以前は俺一人でやっていた準備作業も、今ではほとんど彼女がやってくれる。 俺もいい身分になったものだ。 というわけで、俺たちは王都へと旅立った。 旅の途中、野宿の際の食料は現地調達もする。 獣や鳥を狩ったり、川や湖があれば釣りもする。 この前、新しく料理スキルを習得した。 おかげで狩った肉や釣った魚もその場でおいしく調理できて、とても助かっている。「料理スキル、もっと早くに取ればよかったよ」 焚き火で魚を焼きながら、俺はしみじみと言った。 料理スキルを覚える前は、ただ肉や魚を焼くだけでも失敗ばかりだった。黒焦げだったり生焼けだったりで食べられたものじゃないのだ。 おいしい食事は心を
エリーゼを連れて盗賊ギルドに戻る。俺は彼女に役割を伝えた。「きみには税金や依頼の締切チェックと、戦闘の補助をお願いしたい。締切は俺も確認するし、戦闘はあくまで後衛でいい。命の危険があったら逃げてくれ」 エリーゼは暗い表情のまま首を振った。「仕事については承知しました。でも逃げるのはできません。命をかけてあなたを守るのが、奴隷の仕事です」「俺がそうしろと言っているんだ。命令だよ」 強く言えば、彼女はしばらく迷った後にやっとうなずいた。「……分かりました、ご主人様」 ご主人様!! その言葉はなぜか俺の心を貫いた。 おかえりなさいませ、ご主人様。 萌え萌えキュン。 おいしくな~れの魔法をかけちゃう。 そんなセリフとともに、黒いワンピースに白いエプロンの女性の面影がよみがえる。 心臓がきゅんきゅんいってる。 え、何? 俺ってメイド萌えだったの? 正直、前世日本の記憶はもうあいまいだ。日本人としての俺がどんな人間だったのか、よく思い出せない。 あぁでも、この胸のトキメキは本物! ミニスカメイドもいいが、クラシックなロングスカートも捨てがたい!「なあ、エリーゼ。ミニスカートとロングスカートだとどっちが動きやすい?」「え?」 気がついたら俺は口走っていた。 でも最低限の気遣いは残っていたようで、戦闘時の動きやすさを聞いていた。「タイトなスカートでなければ、どちらも変わりません」 と、エリーゼ。「じゃあ両方買おう! 洗い替えは必要だしな!」「えぇ?」 彼女の手を取って走り出す。行き先は盗賊ギルド内の服屋だ。 盗賊ギルドは変装グッズが揃っている。そのため色んな職種の服が売っていた。「ミニとロングの黒ワンピースください。あとエプロン。エプロンは白で、フリルがついているのがいい。メイド服にぴったりなやつ」 店主のおばさんに言えば、す
カルマが上がり犯罪者でなくなって、俺にまともな冒険者としての生活が戻ってきた。 もう衛兵に追われることはない。 ならず者の町ディソラム以外でも、住民に嫌な顔をされない。 今後はしっかりカルマを管理して、犯罪者にならないよう気をつけないとな。 特に税金関係はコリゴリだ。二度と脱税(別に脱税したくてしたわけじゃないが)はしないようにしないと。 だが、俺はどうも性格的にうっかり屋なところがある。 一人で完璧に管理できるか心配だったので、人を雇うことにした。 クマ吾郎は頼りになる熊だが、やっぱり熊だからなあ。 雇い人に税金やその他のスケジュール管理を頼んで、ダブルチェック体制にすればミスは減るだろう。 できれば事務能力だけでなく、戦闘もある程度こなせる人がいい。 なにせ俺の本業は冒険者。稼ぎ場はダンジョン。 危険はつきものだからな。 人を雇うアテがなかったので、盗賊ギルドでバルトに相談してみた。「雇い人はどこへ行けば雇えるだろう?」「奴隷を買えばいいんじゃない?」 あっさり言われて、俺は眉をしかめる。「奴隷って。俺、ああいうの嫌いなんだけど」「ユウは好みがウルサイよね。奴隷は嫌、犯罪者も嫌」 バルトはニヤニヤしている。 そんなもん嫌に決まってるだろうが。「でもね」 と、バルトは続けた。「奴隷も別に悪いものじゃないよ。この国は奴隷制が合法。買うのは何ら問題ない。非人道的な扱いが嫌だというなら、ユウが優しくしてやればいい」「虐げるつもりはこれっぽっちもないが、やっぱり奴隷はなあ……。そういう身分とか仕組みそのものが嫌いなんだよ」「奴隷なら最初にお金を払って、あとは衣食住の面倒をみてやればいい。雇い人のほうが面倒だよ。毎月給金を払って、しかも裏切るかもしれない」 奴隷であれば魔法契約を結ぶので、主人を裏切る心配がないのだという。 いやなにその人権無視な契約。そういうのが嫌なん
「――さて。ユウの用件は済んだが、そいつは?」 ヴァリスが鋭い目でバルトを見た。 バルトは気圧された様子もなく、丁寧に礼をする。「申し遅れました。僕は盗賊ギルドのバルトと申します。ギルド後輩のユウの用事を助けるついでに、名高い白騎士ヴァリス様にお会いしようと思ってやって来た次第です」「……目的は?」 バルトは丁重な態度を崩さずに言った。「特には。騎士中の騎士と名高いヴァリス様をこの目で間近に見られて、それだけで満足ですよ」「盗賊ギルドが、よく言う」 吐き捨てるように言われたセリフに、バルトはにっこり笑ってみせる。「強いて言えば、僕らのことを知ってもらいたかった……というところですね。盗賊ギルドは誤解されやすいのですが、犯罪者集団ではありません。冒険者としての盗賊職を支援する、真っ当な面もあるんですよ」「本当です。俺、盗賊ギルドに入ったおかげでかなり腕を上げました。ダンジョン攻略の助けになっただけで、ギルドにいる間、何一つ悪いことはやっていません」 俺は口を挟んでみた。 盗賊ギルドに世話になっているのは事実だ。フォローくらいしないとな。 ヴァリスは俺たちの言葉に首を振った。「あくまで真っ当な『面もある』だけだろう」「あはは、バレちゃいましたか」 バルトはまったく悪びれない。「じゃあ仮にですけど。裏社会としてのギルドと冒険者としてのギルドが分離したら、冒険者の部分は表舞台に立つのを許されるでしょうか?」「……完全に分離したと証明できるのなら、検討の余地はある」 ヴァリスの慎重な言葉にバルトは笑みを浮かべた。「今の段階では、そのお言葉が聞けただけで満足ですよ」「おいバルト、そんな計画があるのか?」 俺は思わず口を出すが。「さあ、どうだろうねえ。ただ、組織はいつだって柔軟に変わっていかないといけないから。硬直化した組織なんて、いつか壊死
深夜、俺とバルトは王城の門のほど近くに隠れていた。 月は細くて、しかも雲がかかっている。絶好の侵入日和(?)だった。「なあ、本当に忍び込むのか?」 俺のヒソヒソ声にバルトは笑ってみせる。「怖気づいたのかい? 盗賊ギルドの一員ともあろう者が、情けない」 そりゃあ怖気づくだろ。 今から天下のパルティア王城に不法侵入するんだぞ。 たかが脱税でカルマががっくり下がる国だ。 王様の家である王城に侵入なんかした日には、その場で死刑になってもおかしくない。 けれどバルトは俺の言葉を意に介さず、さっさと進み始めた。 鈎爪つきのロープを取り出して投擲。王城の城壁に取り付いた。 素早い身のこなしでするすると登っていく。 俺も続いてロープを掴んだ。 バルトほどではないが、まあまあスムーズに登れたと思う。「ユウはまだまだだね。軽業スキルをもっと鍛えないと」「分かってるよ」「ギルドに戻ったら特訓部屋を貸してあげよう。四方から矢が飛び出してくる、からくり部屋だ。矢を避け続ける修行ができるよ」「お断りします」 なにそのバトル少年漫画の修行シーンみたいなやつ。 命の危険があるじゃん。俺はそこまでしたくないよ。 そんな無駄口を叩きながら、俺とバルトは城壁から飛び降りた。 植え込みや物陰に隠れながら進む。「騎士団長がいる場所、分かってるのか?」「目星はついているよ」 なんとも頼もしいことだ。 巡回中の衛兵の目をかいくぐりながら、俺たちは進んだ。 王城の中心地に近づくほど、衛兵の数が増えてくる。 と。 木の陰に隠れた俺は、うっかり枝を踏んでしまった。パキリ、と意外に大きな音がする。「何者だ!」 近くにいた衛兵の一人が槍を構えた。 ど、どうしよう! 俺は焦りまくりながら、とっさに、「に、にゃぁ~」 猫の鳴き真似をしてみた。
俺は必死に衛兵から逃げる。「うわっ!」 衛兵の片方が矢を射掛けてきた。 あいつら容赦ない! とっさに左にステップを踏んでかわす。 軽業スキルとダンジョンで培った戦闘能力が役に立った。 矢は石畳の継ぎ目に突き刺さった。その威力にぞっとする。 路地に追い立てられ、狭い道を必死で走る。 やがて見えてきたのは行き止まり。 袋小路に追い込まれた。 衛兵たちの気配が近づいてくる。 と。 袋小路の手前、ゴミのかげにあったドアが急に開いて、俺は引っ張り込まれた。「しーっ。大人しくしてね」「バルト!」 俺を引き込んだのはバルトだった。 薄暗い室内で俺の口を押さえてくる。「犯罪者はいたか?」「いや、見失った」「近くにいるのは間違いない。よく探せ!」 壁一枚向こうで衛兵たちの声がする。 やがて声はだんだん遠ざかっていって聞こえなくなった。「ユウ、災難だったねえ」 バルトはニヤニヤ笑っている。 言葉とは裏腹にこうなるのが分かっていたかのような表情だ。 俺は心の底からため息をついた。「また地道なカルマ上げをすると思うと、気が遠くなるよ」「前と同じやり方じゃあ駄目だけどね」「え?」 バルトを見れば、彼は肩をすくめた。「だって税金の請求は二ヶ月ごとに来るんだよ? ユウは去年の夏が最後の納税なんだろ。次の税金を滞納すれば、脱税扱いになってカルマがまた下がる」 そうか、税金は二ヶ月毎に請求書が来るんだった。 締切まで間があるので、半年分ならまとめ払いができる。 ところが俺は半年前に納税したっきり。 次の締切は二ヶ月後になる。 たった二ヶ月でマイナス45のカルマを戻せるか……? いや無理だろ。以前はマイナス35から始まって、ゼロに戻すまで四ヶ月はかかった。
わざわざ一緒に行くって? バルトの言葉に俺は首を傾げた。「え? 別にいいよ。税金納めるだけだし。犯罪者状態はもう解除されてるから、衛兵に襲われることもないし」 そう、先日。カルマがゼロまで戻ったのだ。俺はとうとう犯罪者ではなくなった。 バルトは笑顔のまま首を振る。「僕も王都に用事があるんだ。二人で行ったほうが道中も安心だろう。さあ、行くよ」「まあ、そういうことなら」 そうして俺とバルト、クマ吾郎はディソラムの町を出発した。 バルトはさすが盗賊ギルドの一級ギルド員。 短剣の二刀流を見事に使いこなして、弱い魔物程度なら瞬殺してくれる。 気配を消すのが上手いので、物陰からこっそりと近づいて背後からバッサリだ。 バックスタブってやつだな。「短剣もいいなあ。長剣に比べると威力が低いと思っていたが、そんなこともないのか」 俺が言うと、バルトは器用に短剣をくるくると回してみせた。「一撃の威力は長剣に劣るけど、短剣は連撃ができるからね。どっちを取るかは本人次第さ」 そんな話をしながら俺たちは強行軍で進んでいった。 王都パルティアに到着したのは、納税締切日の午後のことだった。 俺は税金の請求書を握りしめて税務署へと走る。 バルトは用事を済ませてくるからとどこかに行ってしまった。 クマ吾郎は城門のところで待機だ。 カルマが戻っているので、衛兵に追われることもない。 町行く人々も俺を特に見ることもなく、通り過ぎていく。 いやはや、あたり前のことだが助かるね。 たどり着いた税務署はすごい人混みだった。 周囲の人たちの声が聞こえてくる。「いつもにもましてすごい混みっぷりね」「今日が締切の税金が多いからね。駆け込みで納税する人がたくさん来ているんだろう」「余裕をもって納税すればいいのに。いい迷惑だ」
・現在のユウのステータス。 名前:ユウ 種族:森の民 性別:男性 年齢:15歳 カルマ:-4 レベル:18 腕力:21 耐久:13 敏捷:19 器用:18 知恵:11 魔力:17 魅力:1 スキル 剣術:8.8 盾術:2.2 瞑想:4.5 投擲:6.3 木登り:4.1 隠密:5.4 鍵開け:3.3 罠感知:1.5 罠解体:1.2 軽業:2.8 釣り:1.7 魔道具:3.5 詠唱:4.9 読書:5.6 装備: 鉄の剣(剣術ボーナス付き) 蔓草の盾(瞑想ボーナス付き) 鱗の軽鎧(魔道具ボーナス付き) 丈夫な布のマント 鱗のブーツ(敏捷ボーナス付き) お財布の中身:金貨換算で約九枚(銀貨なら九十枚) ダンジョンで戦闘を繰り返したため戦闘系のスキル・ステータスがけっこう上がった。 戦闘スタイルは相変わらず、クマ吾郎を前衛にユウはサポートで立ち回っている。 ポーションの投擲もだいぶ精度が上がってきた。 遠くの標的でもそれなりに命中させられる。 魔法もなるべく使っているおかげで、魔力や詠唱スキルも上昇している。(当然、魔法書の解読もずっと続けている) 今ではマジックアローは九割以上の確率で成功するようになった。 鍵開け、罠感知、罠解体、軽業は盗賊ギルド限定のスキル。 鍵開けと罠二つは名前通り。 軽業は素早い身のこなしに対応するスキル。敵の攻撃の回避の他、高いところに飛び上がったり飛び降りたり、空中でバク転をしたりといった幅広い動きに関連している。 ダンジョンで拾った装備品が徐々に増えている。 今のユウの実力は、そろそろ中級冒険者に届きそう……といったところ。